当学会活動の集大成として年に1度開催する、《全日本・食サミット》。
第2回の今回は「江戸前」をテーマに、11月8日(日)東京蒲田にある学校法人誠心学園東京誠心調理師専門学校にて実施しました。
(オプショナルツアーは翌11月9日(月))
当日は生憎の雨模様でしたが、多くの方に来場いただき、各講師陣による「江戸前」をテーマにしたお話やデモンストレーション、試食で学び、楽しんでいただきました。
当日のレポートを時系列に、本日から数回に分けてお送りします。
■A総合講座(10:15~11:15)
「江戸料理のいろは」
福田浩(なべ家)・田村隆(つきぢ田村)
江戸前料理店「なべ家」の店主で、長年にわたり江戸料理の研究をなさってきた福田浩さんのお話を、「つきぢ田村」三代目で江戸っ子の田村隆理事が聞き出すスタイルでプログラムは進行しました。
「江戸前は死んだ」
江戸前がテーマの冒頭プログラムに、福田さんは仰います。
「30年ほど前、江戸前の魚はまだまだあるなと思っていた。けれど魚の分類学をしている方と一緒に魚河岸を回っていたとき、この魚はあと何年でなくなるよ。あの魚はあと何年くらいしかもたないよ、と言われ、ショックだった」
昔の良い部分は守りたいと思っても、いろいろ変わってしまう。
醤油の登場は、鈍い味の魚でもおいしく食べられるようになったが、同時に醤油に頼る料理になってしまった。
砂糖はダイレクトな甘さを出せるようになったが、煮物なら煮物の甘さが大切ではないのだろうか。
(なので昔の料理人は、砂糖を料理に使っていることを知られないよう、砂糖壺を見えない所に隠していたそうです)
「料理にも寿命がある」と、福田さんは仰います。一つの料理の寿命は約70年。
たとえば、茶碗蒸し。これはもともと、蓋物の茶碗で蒸せばなんでも茶碗蒸しでした。
しかし、戦後に卵が自由自在に食べられるようになり、今の形になったと言われます。
また、「魚をさばく」という表現。
違和感のない方も多いと思いますが、福田さんは「料理用語にさばくという言葉はない」、と仰います。
「さばく」とは解体処理のこと。料理では、魚は「おろす」、あるいは「さく」ものである。
田村さんも、某番組でキュウリの「回し切り」したところ、「乱切り」という言葉で統一しているので「回し切り」という表現をさせてもらえなかったとのこと。
言葉も時代によって変化します。
このように変化を続ける食文化ですが、日本には長年変わらないスタイルの料理があります。
それは「お刺身」と「お豆腐」、そして「納豆」です。
特に「豆腐」は奈良時代に誕生したと言われていますが、それ以降、豆腐のスタイルはまったく変わらない。
料理の寿命は70年と言われるなかで、2000年以上変わらない素材・変わらない料理があるというのはすごいことです。
また、料理本に記載された、昔の人が定めた分量はやみくもじゃない。
たとえばお米は2升炊きが一番おいしい。
「今は炊飯器という文明の利器により1合から炊けるようになっているが、実際にお釜で炊くと2升がおいしいことがよくわかる」
と、福田さんは続けます。
こうした料理や原料の背景、ものの歴史を知ると、まな板に向かうときに気が引き締まると同時に、箸の使い方や器の使い方ひとつで、せっかくの料理がおいしくもまずくも感じられる。これら料理文化をきちんと伝承されない現代を残念に感じる。
一口で「江戸前」といっても、範囲は広大です。
これが江戸前だ! と威張って出すのではなく、さまざまな変化の過程でいろいろなものを受け入れ、日本中の世界中の食材を相手にして江戸風の料理をしていく。昔のままの仕事ではだめで、これが今の時代の江戸前だ、と福田さんは語ってくださいました。
最後に「玲瓏(こおり)豆腐」という、「なべ家」の名物デザートを試食として提供。
これは寒天で包まれた豆腐に黒蜜をかけて食べるものです。
非常に柔らかい豆腐だからこそ、形をきちんと。少しでも角が崩れた物はお客様にお出ししない。
そういう心意気を見習いたい、と田村さんは仰られていました。