第2回 全日本・食サミット「江戸前~江戸・東京 未来につなぐ食文化~」
■B-③分科会(14:00~15:00)
「江戸前と地産地消」
日髙良実(アクアパッツァ)・奥田政行(アル・ケッチァーノ)
20年程前、実は日髙さんのお店に修行に行かれたことのある奥田さん。
日髙さんはそのことを覚えておらず、奥田さんが独立後、ご挨拶に来たときに思い出されたそう。今では飲み仲間であるというお二人の講演です。
奥田:地産地消の説明で四方四里(16×16㎞)という言葉がありますが、これは人が朝起きて材料を集めて夕方帰ってこられる距離です。今は車があるので、自分のお店では40㎞以内で食材を集めるようにしています。
山形には在来作物が多く残っています。なぜかというと、明治維新のときに最後まで幕府側に味方して新政府からのけ者にされ、江戸・東京の多人口を支える産地として指定されなかったためです。
隣の新潟県は、田中角栄というスターが関越自動車道と上越新幹線を作ったので畑が東京寄りになり、在来作物が少ないです。
日髙:「アル・ケッチァーノ」がある山形県鶴岡市は国内で初めてユネスコ食文化都市に認定されました。
奥田さんは、普通の料理人とは違う頭の構造で、食材を見るときに仕入れた場所から考えられます。仕入れた場所によって料理を変える理論は、難しいですが聞いてまいりましょう。
奥田:庄内を例にとって話しますが、江戸に置き換えながら考えてください。
庄内は大きな川が海に流れ込んでいます。冷たい海に温かい川の水が入ると渦が巻く。そこに太陽の光があたり植物性プランクトンが発生します。それを食べる魚が集まり、さらにそれを食べる魚が集まってきます。江戸湾も大きな川が流れ込んでいますよね。
河口の水は塩分濃度が薄いです。魚は塩分濃度が低いと、水を吸って身がふわっとなります。まな板で魚を掃除しているときに真水があたると、身が水を吸うのと同じです。
水分が多いけどうま味も多い魚になります。
スズキは強いと岩場でエサを採りますが、縄張り争いに負けたれば追いやられ、群れを作って河口付近で過ごします。そこで育ったスズキは銀色です。岩場で採れたスズキは緑色をしています。市場に行ってみるとわかります。
河口付近の魚はうま味があって水分が多いので、焼くときは弱火で水分を蒸発させながらうま味を凝縮させます。
川が流れ込んでいない岬などは、塩分濃度が高い場所です。そういう所の潮の香りは海藻の香りで、魚も皮を剥ぐと海藻の香りがします。そして海藻の種類によってさらに香りが違うので、どんなオリーブオイルを選べば良いかがわかります。
続いて土。江戸だと関東ローム層ですが、植物にはすべて原産地があります。たとえばトマトでも、その地域に相応しい形でトマトができたわけで、原産地と同じような所に植えるとおいしいのはもちろん、先祖帰りをしていろいろな味になります。ちなみに庄内には7種類の土があり、雪に弱い作物以外はほとんどが収穫可能です。
次に地域の気候を調べます。庄内は山岳地方・盆地性・海洋性という3つの気候があります。ビールは海洋性気候の、湿度が低い場所のほうがおいしく飲めます。湿度のある場所だと香りが感じやすくなるので日本酒やビールがおいしい。東京でも四谷とか渋谷とか、谷のある所に行くと日本酒とワインの香りがよくわかります。ビアガーデンが屋上にある理由もわかりますね。
庄内は盆地性の気候ですのでビアガーデンは流行っていません。
河口付近は火にかけた魚がおいしくて、塩分濃度の高い所の魚はお寿司にしておいしい。ですので、鶴岡市ではフランス料理は流行らず、寿司屋とイタリアンばかりです。塩分濃度の高い魚はコクはありませんが、小気味よい味がするのでオリーブオイルと非常に相性が良いです。
逆に河口がある酒田市は伝説のフランス料理店があった地域です。フランス料理屋さんが流行っているところは、焼いたらおいしい魚がある所です。
自分が住んでいる所の気候や魚の生態を調べるといろいろわかります。
日髙:今のわかりました? 『地方再生のレシピ~食から始まる日本の豊かさ再発見~』という共同通信社から出版された本に詳しく書いてあるのですが、普段お酒を飲みながら聞いているとよくわかりません(笑)。
でも、この本を読むと奥田理論がわかります。
奥田:要は、自分住んでいるところの土・水・気候・太陽の当たり方の4つを勉強し、それぞれが当たる影響がわかると、何故そこでできている作物がそういう味なのかがわかります。
日髙:この考え方がユネスコ食文化都市認定のプレゼンテーションで響いたのですね。
奥田:これを江戸に置き換えると、日本を世界に売り出すときに使えます。
日髙:地産地消という言葉がクローズアップされたことで、日本中の自治体やいろいろなシェフが動きだしました。いよいよ江戸前の話です。
奥田:私がイタリアン修行をしていたころは、フレンチレストランはフランスを感じに行くところ、イタリアンレストランはイタリアを感じに行くところでした。そんなときに日本の食材を使ったのが日髙シェフなのです。僕のなかで日本の食材を使ってイタリアンを変えた最初のシェフは日髙さんです。イタリアンは当時、フレンチより格下だったのですが、日髙さんが地位を上げてくれました。
日本のイタリアンを作り上げたという部分が江戸前の考え方に似ていると思います。
江戸前は江戸のものというだけではなく、江戸のスタイルという意味が含まれているからです。
日髙:なぜ、イタリアから帰って来て日本の食材を使い出したかというと、30年くらい前にイタリアで修業したときに、イタリア料理は1つじゃないと気づいたのですね。いろいろな地方で修業をし、地方によって歴史も文化も自然の形も料理も違うことがわかった。
僕は日本人ですし、日本に戻ったときにイタリアのものをそのまま使うというよりは、日本で採れた四季折々の素材を使うのがイタリア料理だと思ったのです。
日本で日本の食材を使ったイタリアン。東京にいますので、クッチーナトキオネーゼ(東京地方のイタリア料理)という造語で約25年前にお店を開きました。
奥田:そのころ、関西には「ポンテベッキオ」の山根大助さんがいました。2大巨頭で、イタリアンは高級料理になっていきました。
ところで、和の食材を使うにしても線引きはありますよね。
日髙:かつて豆腐を使ってイタリアンを作った際、上の方々から「イタリアンの食文化を冒涜するのか」などと非常に批判されて。
確かにイタリアンの文化を伝えることが海外で学んだ料理人の務めなのですが、根本はその土地で採れた四季折々の新鮮な物を調理することだと思っています。
奥田:考え方としてお醤油は使わないのですよね?
日髙:醤油は使いません。調味料はなるべくイタリアのものを使います。しかし、料理によってはゆず胡椒を使います。
奥田:さて、試食の時間です。お店でやる“づけ”です。和食の考え方を取り込んで、トマトの汁で漬けにしたものと、漬けていないマグロです。トマトの汁に8時間漬けて、最後にニンニクのオリーブオイルをさっと塗ってあります。
醤油で漬けるとヌルヌルするのですが、トマトには不思議は力があります。例えばフカヒレはゼラチン質なので普通に料理するとそれが残るのですが、トマトを使うとサラサラとしたフカヒレができあがります。
このように、江戸前を勉強してどこまで自分のイタリア料理の範疇の納めていけるだろうかと考えながらやっています。
日髙:彼の料理を食べたことがある方はわかるかと思いますが、奥田理論がわかっていないと理解しづらい所があります。
奥田:0か100です(笑)。
日髙:日本人シェフとしてイタリアに行き、戻ってきて日本の食材を使ってイタリア料理をやろうと思いました。ちょうど地産地消という言葉が生まれたころです。
東京にはさまざまな食材が集まってくる所です。江戸は人口が増え、江戸で採れるものだけだと足りなくなり、参勤交代や献上物などで地方からいろいろなものが集まって栄えた都です。
そういうのを江戸前として括っていくにあたり、海苔のパスタを食べてもらいたいと思い、今日は海苔のパスタを試食として用意しています。
海苔は自分自身が好きな食材でもあります。
イタリア人も昔は、日本人は海藻を食べる変な民族だと思っていましたが、今は日本食が広まり田舎のスーパーでもお寿司が売ってあります。海苔の色の黒さには抵抗があるみたいですが、ヘルシーな食材として喜ばれています。
海苔は海藻を乾燥させたもので、大きさは五寸×五寸五分(19センチ×21センチ)。
天候によって生産が左右されるので、昔は運草と言われていました。しかし昭和24年にイギリスのドリューさんという方が養殖方法を見つけたことで、現在の日本では80億枚ほどが安定供給されています。
潮の満ち引きで海水から出たり入ったりする支柱式漁法と、常に海水の中にある浮き流し式漁法とがあります。支柱式漁法は柔らかい、浮き流し式漁法は固いけど色艶のある海苔が育ちます。
生産方法は、海水から揚げて一度ミンチにします。それを濾して脱水乾燥。水分量を4%くらいまで乾燥させ、板状にして折り曲げて出荷してセリにかける。
目利きの方は、見ただけでセリ金額を算出できます。
海苔を消費するのは日本と中国と韓国くらいです。中国と韓国は生産量が増えていますが、日本は減っています。それは生産者が減っているからです。
海苔の種類は主に2つ。アサクサノリとスサビノリですが、アサクサノリは病気に弱く絶滅危惧種となっており、生産されている多くがスサビノリです。
今日の試食は海苔をお湯で少し溶かし、そこに生クリームを入れて、調味料としてゆず胡椒を少し加え、和えるときにパルメザンチーズを使っています。
奥田:今回、江戸前を勉強してみて、江戸前は食材以外に江戸のスタイルという意味もあると言われまして。紐解いていきますと、江戸は人口が増えて江戸の食材だけでは対応できなくなったので他の産地のものも使うようになった。それを江戸のスタイルにすることが、江戸前だとおっしゃる方もいました。
ちなみに、自分が生態系を勉強するようになったのは、そのころ習っていた師匠が「料理は自然回帰」と言っていたのがきっかけです。例えばホタテであれば、そのホタテが住んでいた海の水温と塩分濃度の水に漬けて、よみがえらせてから料理を始める。
また料理を突き詰めていくと、快楽的な方向と精進的な方向と2つの分かれ道に出る。一度精進の道を選び、そのときに生きとし生けるものを繋げられるのは料理人だけなので、生物の生態系を理解すれば料理の答えが出るのだろうと突き詰めていました。生態学を勉強すると自然学になり、塩を勉強すると水に行き当たり、そうしたら地球のことを勉強しなければならなくなり。次は気候の勉強が必要となりました。全国のすごいと言われている生産者は天体学の話をします。
一皿からすべてがつながっているということがわかり、これらを勉強していくと本当の答えが出るのだと思いました。
しかし、精進系ばかりをお出していると、お客様から「俺は病人食を食べに来たのではない」と言われました。確かに健康な人が食べに来るのがレストランなのだからと、最近は快楽的な味にも戻り、コースのなかで両方をすみわけしています。
****************************************
途中、講演を聞いていた「KIHACHI」の熊谷喜八さんや、「ポンテベッキオ」の山根大助さん、「つきぢ田村」の田村隆さんも飛び入りで試食の感想等を発言くださったり、「なべ家」の福田浩さんが江戸湾の危機についてお話くださったり。
豪華で知的な講座となりました。