全日本・食学会 ALL JAPAN FOOD ASSOCIATION

      
【開催日】
2015年11月8日(日) 《実施レポート》
【開催場所】
東京誠心調理師専門学校(東京都大田区蒲田3丁目21-4)


第2回 全日本・食サミット「江戸前~江戸・東京 未来につなぐ食文化~」 イベント報告⑪


■C-3分科会(15:15~16:15)

「初代から次世代へのメッセージ③」

片岡護(リストランテアルポルト)

皆さまこんにちは。僕は今年で67になりました。飲食業は定年がありません。一生続けることができる、やりがいのある職業ですが、大変な仕事です。人が一番楽しい団欒のときに自分たちは料理を作っていなければならない。そのお客様が帰ったあと、11時くらいから食事をして寝るのは1時くらい。このようなリズムを続けるには健康であることが求められます。健康を維持できないと50歳くらいで断念しなければならない。でも、きちんとコントロールすればずっと続けることができます。そうこう続けている間に2世が出てきて、子どもに受け継げれば幸せですね。そのためにも健康管理です。


イタリア料理は非常にバランスの取れた西洋料理です。フランス料理と違ってバターをほとんど使いません。健康に考慮した食事方法が流行っていますが、果物・野菜が豊富で、色のついた野菜を多く食べるイタリア料理こそ、それだと思います。日本の地形に似ているので四季もあり、季節のものを食べるという部分は日本料理にも共通する良さです。それと、毎日食べても飽きない。これは非常に重要です。理由は酸が入っているから。レモンやバルサミコ、ワインビネガーといった自然の酸です。


僕は19歳からこの道に入りました。それまでは飲食業界に入ることは一切考えておらず、デザイナーになろうと思って芸大を受験したのですが、失敗。三浪目に入るときに、お世話になっている方から「次失敗したらコックになれ」と言われ、見事に受験不合格。それで縁あって「つきぢ田村」で3ヶ月間修行したあと、20歳でミラノに行きました。領事館付きのコックとして働き、暇があれば旅行に行ったり食べ歩きをしました。そのなかで自分の人生の1つのテーマが「パスタ」となっていったのです。


パスタは日本の麺と非常に似た部分、考え方があります。アルデンテという考え方は、日本の蕎麦やうどんと同じように歯ごたえ・食感という共通部分があるのです。違うのは練るときに塩をするかどうか。日本の麺は塩をするので真水で茹でます。パスタは茹でるときに塩をします。人によって塩加減は違いますが、僕は1%。


今日はパスタを1種類用意してきましたが、僕が作ると話ができないな……。


~と、ここで聴講していた「ポンテベッキオ」山根大助理事を指名。山根理事が片岡理事の指示のもと、パスタを調理することになりました~

僕たち飲食屋というのは、特に洋食は、1代です。和食は数代に渡り継承していきますけど、イタリア料理・フランス料理を考えると2代目・3代目というのがいないのです。

子どもに継いでいくのは非常に難しいです。 うちの場合は、最初は辻調理師専門学校に入れたのですが、「大学に行きたい」と言いだしちゃって。もう「ふざけるな!」と。


山根「うちでバイトしていたんですよ」


今、息子の代になりつつあります。食は1代という考え方に僕はいるのですが、親としては継いでくれるというのは嬉しいことだと思います。強制はしませんが、受け継いだらいいなとは思っています。でも矛盾しますが、あとは子どもの世代は世代で自分の新しい世界を築いてもらえればと。その辺の割り切りをしないと、子供は受け継いでくれないなと。子供の継承というのは、本人の才能、それから自分の方向性を見極められるような教育をしたほうが良い。

また僕たちの時代は、本当にイタリア料理は10軒程数える程度しかなかったのですが、今は東京だけで2万2千軒。それほど競争が激しくなっている現状があります。40何年の間にイタリア料理店がどんどん出てきたという事は1つの継承だと思います。1つの道があり、最初は10店舗くらいのお店でいろいろなシェフが働き、独立して、またそこから若い子たちが独立していくという風にどんどん広がっていく。それが料理の継承だと思います。

ですので、人を育てるということがすごく難しいです。難しいですが、そのなかで育っていく子は一度お店をオープンすれば失敗しない子が多いです。最近の子はどちらかというと辛抱がきかないですし、ちょっと厳しく指導するとすぐに訴えられてしまいますので、物を覚えていくという意味では難しい時代になりました。

自分たちがお店をオープンした当初というのは、おいしいものを提供してお客様に満足してもらってという時代でしたが、67歳になると自分が先頭に立ってバリバリという時代ではありません。そうすると、息子の代に移っていくということになるのですが、そうしたときに人を使うということになってきます。

僕は経営はそんなに上手じゃないと思っています。経理の方から「今月はこうです。ああです」と聞く感じで。そういうのは家内の役目です。

調理師学校での講習会の最後に言うのは、経営は自分の料理や料理感を、自分の才能や性格とかを理解することが大切だと。自分が計算がだめだとわかっていれば、奥さんにそれをやってもらったり、そういう人を雇う。その辺のところをうまくコントロールしていけば経営は成り立ちます。もちろん自分が努力しなければ人はついてきませんので、努力というベースの上での話です。

一番大切なのは、人が辞めるときに義理を果たしているかということ。例えば不義理をして、働いているお店の子を引き抜いてお店をやる子は、必ず失敗します。逆に辞めたいということをきちんと言って独立する子は失敗しません。

辞められると僕たちは非常に困るわけですが、「困る」とは言わないで「おめでとう」と言います。そうすると、それを他の従業員も見ている。自分も円満に辞めることができるんだなと、今働いている人間が思う。残った人たちの問題意識に訴える。

ですから、経営とは辞める子たちの将来とか、従業員の将来の夢をかなえてあげる場所だと僕は思っています。夢を持たせる経営というか、従業員の教育も大切。それがすべて料理に跳ね返ってきます。やる気を出させてやるとか、いいものを作るというのは、自分1人の力では出来ないのが料理の世界です。音楽で言えばオーケストラです。指揮を執っているのは自分ですから、まとまり感をどう出すか、人をどうやって使うかということに尽きるのではと思います。

真摯においしいものを作って研究して、さらに新しいこととか守るものとかさまざまな要素がありますが、お客様が喜ぶように出し続けることがお店の経営が続くことになっていくのだと思います。


■質疑応答


質問:お店を開いて8年です。諸先輩方は過酷な環境のなかでやってらっしゃって、中間に僕らがいて、若い子たちがいて。この若い子たちが料理を仕事としてやっていってもらうには僕らは何をしてあげれば良いでしょう。


やはり姿を見せなきゃだめです。暇でも忙しくても手を抜かない。従業員はちゃんと見ていますので、一生懸命やらなきゃいけないなと思うわけです。当たり前のことを当たり前にしないと、結局人は離れていくし集まらない。経営もうまくいかない。

それから、お子さんに受け継ぐというのは絶対に強制しないほうがいいです。たとえばうちの息子は小学校のときから同級生に「片岡くんはコックになるんだよね」と言われるのです。親が何も言わなくてもプレッシャーになっているのですね。だから自分としては、子どもにおいしいものを食べさせる、舌を教育するっていうほうが良いと思います。そのときにもファミレスやコンビニも否定せず、世の中の食べ物をまんべんなく食べさせるという舌の教育が大切だなと思います。


質問:高校を卒業して、奥田シェフの元で働いて1年目です。シェフの料理は本当に面白くて大好きなのですが、体力と精神力がついていかないです。正直辞めたくなるときもたまにあります。つらい時期なのですが、どうしたら良いですか?


みんなお店によって料理が違います。できれば奥田くんのところに5年、次で5年、さらに5年。そしたら35歳。お店が経営できる歳です。そういう目標を作る。1つの目標を一生持ち続けられるようなことを探すことです。僕はそれがパスタでした。

職場がどうのこうの、という問題ではない。何か夢を持ってください。


やはり、継ぐということは何か目標がないと継げない。でも、その何かを持つことが難しい。今の学校は知識から入るのですよ。理屈からくるから、結局は夢があとになってしまう。そうすると長続きしない。例えば、お店に入ってホールばかりやらせていると、どうして調理で入ったのに調理場をやらせてくれないのだろう、と辞めちゃう。でも僕の考えは反対で、調理場に入る前に非常に苦労した方が、入りたい気持ちを募らせていったほうが良いコックになると思います。

たとえばトイレ掃除の意味は若いときにはわからない。ところがお客様が来て、一番にそのお店を評価するときに何を見るか。トイレに入るのです。そこをきちっとやっているお店は必ず良い。そこができていないお店は、調理場も汚れているので良い料理ができるはずない。

基本的にはお店のどこにいようが、目標はお客様が来て、そのお客様が満足して帰ることです。それが食かサービスか。そのなかで少しでも手抜きがあると、そこで評価が下がってしまう。ですので、なるべく調理場だけでなく、いろいろなことを勉強するのが大切です。そうすると経営もうまくいくだろうし、教育もできる。


今、日本はサービス業が弱いです。たとえばソムリエの資格の取得が流行っていますが、ソムリエはサービス業です。知識があるだけではだめ。やはりトップに立つソムリエはお客様をもてなす心ができています。ところが今の子は知識が最初になってしまう。ですので、子どもの教育はちゃんとしなければと思います。小さいときの教育は19歳や20歳になったときに知らず知らずに出てくるそうです。

でも、今の若い子は幸せです。野菜から肉から、本物を簡単に手に入れられるのですから、別な意味で色々な可能性が出てきます。うまく利用、活用、勉強して新しい世界を築いてきた子がどんどん出てくる。僕たちは、それでどんどん置き去りにされていくので、そうならないように頑張らなければならない。そのためには若い子たちをあまり批判しないほうが良い。認めて、自分も若い子から吸収しなきゃいけない。

ただ、若い子はそこまで一生懸命やっている子が少ない。良い子は必ず辞めて独立します。

人材は本当に大切なのですが、良い子ほど辞めてしまう。これが今後の課題です。

辞める子の扱い方によって、そのときにいる従業員がうまくいくように後押しすることになり、それがどんどんつながっていくということになります。